ツール販売ショップ

裁判事例(RETIOメルマガ第211号)

◆◇◆ 最近の裁判例から ◆◇◆
                  
【小規模事務所の原状回復費用】
小規模事務所の原状回復費用には国交省ガイドライン等の適用があるとの賃借人の主張が
否認された事例(東京地判 令4・6・24 ウエストロー・ジャパン 2022WLJPCA06248006)

1 事案の概要
 平成28年8月2日、賃借人X(原告・法人)と賃貸人Y(被告・不動産会社)は、都内
のaビル2階にある床面積78.05㎡の一部屋(本件建物)につき、契約期間を平成28年9
月1日から平成30年8月31日まで、月額賃料275,926円(税別)、敷金1,655,556円とす
る本件賃貸借契約を締結した。
 その貸室賃貸借契約書(本件契約書)には、本件建物の明渡し及び原状回復義務について、
19条(貸室明渡し)と特約欄に定めがある(19条と特約を併せて、本件特約条項という)。
 XとYは、平成30年8月30日、契約期間を同年9月1日から2年間とし、更新後の賃
料を280,000円(税別)とする更新契約を締結した。
 その後、令和2年2月29日頃、XはYに対し、本件賃貸借契約の解約日を同年8月31日
とする旨の解約申入書を送付した。そして、同年7月29日、XはYに対し、本件建物内の
物品を全て撤去したなどの連絡をし、8月1日付けで敷金全額の返還を求める通知書を送
付した。
 しかし、敷金の返還がなされなかったため、XはYに対し、敷金1,655,556円の返還を求
める本件訴訟を提起した。
(原告Xの主張)
 そもそも50坪以下の小規模事務所であれば、事業用の賃貸でも居住用の賃貸と同様に扱
われるべきであり、本件特約条項は、消費者契約法9条及び10条並びに国土交通省の定め
る「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(ガイドライン)などに違反し、無効であ
る。したがって、Xは、通常損耗について、原状回復義務を負わない。
(被告Yの主張)
 本件特約条項は、賃借人であるXが負う補修義務の範囲を具体的に定めたものであり、X
とYとの間では、通常損耗についても含めて本件建物の原状回復義務の範囲が明確に合意
されているから、原告Xは、その原状回復義務を負う。
法人(事業者)であるXには消費者契約法の適用はないから、本件特約条項の有効性に何
ら問題はない。ガイドラインは、本件のような事業用ではなく、居住用の建物賃貸借契約を
想定して作成されたものである。

2 判決の要旨
 裁判所は、次のとおり判示し、本件特約条項の効力に関する原告Xの主張を否認した。
建物の賃借人は、賃貸借契約が終了した場合、通常損耗についての原状回復義務が認めら
れるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸
借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場
合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容と
したものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である(最高
裁判決 平成17年12月16日)。
本件賃貸借契約においては、その19条1項に、賃借人である原告が貸室・造作・設備の
変更、汚損及び損耗を修復し、壁及び天井の塗装並びに床仕上材の張替えを行い、貸室を原
状に回復して明け渡すことが定められた上で、特約欄に、同条の「原状」につき、(1)床、
(2)壁、(3)ブラインドという項目が具体的に列挙され、(1)については新品のタイルカーペ
ットが敷かれていること、(2)については新規塗装がされていること、(3)についてはクリー
ニング済みのものが取り付け済みであることが記載され、契約期間の長短及び損耗程度に
かかわらず、元の状態に修復((3)については破損があれば交換)することが定められてい
る。
上記特約は、本件契約書1頁目の「契約要項」欄に、本件建物の物件概要、賃貸借期間、
賃料額など本件賃貸借契約の内容となる基本的事項と共に記載されており、その内容も容
易に理解可能なものである。そうすると、本件特約条項によって、賃借人が補修費用を負担
することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されていると評
価するのが相当である。
そして、原告の代表取締役Aは、本件契約書に自ら署名押印しており、原告において、本
件特約条項についても明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められる。
Xは、本件特約条項の定めが消費者契約法違反である旨主張するが、法人(事業者)であ
るXについて、消費者契約法2条1項の「消費者」に当たるとは認められないから、Xの主
張は採用することができない。Xが指摘するガイドラインは、主として居住用の建物賃貸借
契約が対象となるものであり、少なくとも本件特約条項の効力に影響を及ぼすものとはい
えない。
そのほか、原告は、本件特約条項の効力について様々な主張をするが、本件特約条項の内
容が、賃借人が一般に負担することのある原状回復義務の内容を過度に加重するものとま
ではいえず、公序良俗違反に当たるなどその効力に影響を及ぼす事情があるとも認められ
ない。
以上によれば、原告は、本件特約条項に定められた範囲において、通常損耗も含めた原状
回復費用の支払義務を負うというべきである。

3 まとめ
 本件は、事業用の賃貸借でも小規模事務所は居住用の賃貸借と同様に扱われるべきで、特
約条項は無効である、と賃借人が主張したものの、裁判所から否認された事例です。
 なお、本事例とは異なり、小規模事務所の賃貸借において、その実態が居住用の賃貸借と
変わらないとして、原状回復費用に係る特約を否認し、ガイドラインにそって算定すべきで
あるとした事例(東京簡判平17・8・26 RETIO 65-56)があります。ただし、その後の最高
裁判例に、本訴訟においても引用されている、特約の成立要件を示した最判平17・12・16
があることから、その先例的価値は既になくなったものと認識することが妥当でしょう。

最新記事