自分の「可能性」を閉ざすのは自分自身、そして親や先生など身近な人のこともある――。来季で大リーグ7年目を迎えるエンゼルス投手の菊池雄星さんには、そんな危機感があるという。故郷・岩手に私費を投じて練習施設をつくってまで次世代に伝えていこうとしている、自身の殻を突き破る思考法とは。
――地元の岩手県花巻市に11月、最新トレーニング機器も備えた練習施設を完成させました。地域の高校球児や少年野球チームにも開放するそうですね。少子化で野球人口が減ることへの危機感があるのですか。
「10年ほど前のオフ、地元の学校の子どもたちと野球をして遊んだら、1カ月後に少年野球チームの指導者から『そのあと20人以上も入ってくれました』と涙ながらにご報告を受けました。うれしいと同時に、それまで物を贈ったり寄付金を渡したりするだけで貢献した気になっていた自分が、情けなくなりました。必要なのは『ふれあい』だと気づいたのです」
「ただ、野球教室などオフだけのふれあいでは、『すごかったね』『会えて良かったね』と一時的に気持ちが満たされるだけで終わってしまう。年に1度の打ち上げ花火ではなく、常に子どもたちや地域の方とつながれる場所が必要と感じるようになりました。だから練習場所としてだけでなく、カフェエリアを作ったりメジャーリーガーのサインを展示したりと、人が集う仕掛けも施しました。僕自身、オフだけではなくアメリカからオンラインで子どもたちにアドバイスするなど、継続的にふれあっていきたいです」
――施設ではスクール生も募集しています。上達しますか。
「成長段階に応じたプログラムを提供します。メジャーでも使われている最新機器でバッティング動作などの分析もできます。ただ、どんなにいい機器があっても、なぜ練習するかを理解しないと意味がありません」
――どういうことですか。今はYouTubeなどの動画でも練習方法が学べる時代です。
「方法ではなくて、教える順番が大事なんです。この施設ではプロと同じデータもとれますが、たとえば小学生に『投げるボールの回転数を増やしましょう』というのは、まだ早い。それよりも、荒々しく投げるのを優先したい。最初に形を覚えると、力強く体を使うことができなくなるからです。僕はいまでも時々、フォームを考えずに全力で遠投して、体を強く使うことを体に思い出させます」
「アメリカで若手と練習すると、投げ方や打ち方に癖があると感じます。それが個性になっており、必要な基礎はプロになってから練習することもあります。日本では、まず形から教えて、せっかくはみ出している部分を矯正してしまいます」
「少しずつうまくなるのではなく、コツをつかむと一気にうまくなります。練習するのは、うまくなるきっかけをつかむためで、そのチャンスは、100回練習するよりも1千回練習した方が多くなる。努力は、ひらめくためにするんです」
「この施設に週1日くるだけで、野球がうまくなることはないと思います。残り6日の時間の使い方を、どう教えていくか。何を食べて、どうトレーニングし、休息するか。ルーティンや記録付けといった『習慣形成』が大切になります」
■ ■
――菊池さんは、才能があるからメジャーリーガーになれたのではないのですか。
「僕は中学2年までは控え投手でした。決して才能に恵まれているとは思っていないです。ただ、『やり続けること』には自信があります。才能や身体能力の不足は、習慣形成でカバーできます。メジャーでも、身体能力が高い選手はゴロゴロいますが、活躍するのは日々の練習をしっかりする選手です。後輩のプロ野球選手から、『高級外車に乗ったら気持ちが高ぶって成績が伸びますか』と相談されますが、『それでは何も変わらない』と答えています」
「僕は中学の時、母が給食費を払えずに謝っている姿を見て、人生が変わりました。『プロになって、家を建てる』と宣言して、1日6時間練習するようになりました。やはり努力も欠かせません。うまくなる魔法は一つもありません」
「一方で、これを美談ともてはやすのも危険です。僕は夜遅くまで練習したので、いつも寝るのは午前0時ごろで、成長期に最も必要な睡眠や休息がおろそかになっていました。こうした自分自身の苦い経験も、子どもたちには還元したい。『こうすべきだ』ではなく『こんな人もいるんだ』と思ってくれたらいい。人それぞれだし、決してかっこいい話ではないんです」
――岩手では菊池さんに続いて、大谷翔平選手、佐々木朗希投手と大物が出てきました。身近な人がブレークスルーすることに意味があるのでしょうか。
「結局、『自分事と捉えられるか』ではないでしょうか。自分の能力に制限をかけるのは、いつも自分です。僕らの時代は、岩手は雪国だから野球は難しい、と決めつけていた部分がありました。最近、岩手が盛り上がっているのは、身近な人が甲子園やプロで活躍したり、メジャーに行ったりということが身の回りで起きているからこそです。子どもたちには『雄星でもできるんだから、僕でもできる』と思ってほしいですね」
■ ■
――でも「やり続ける」ことは難しいものです。
「意志ではなく、仕組みに頼った方がいいですね。例えば、勉強しなくてはいけないのにSNSを見てしまう人は、1回ごとにログアウトする。パスワードを入れないとログインできなければ開くのが面倒ですよね」
「僕も下半身のトレーニングは苦手ですが、トレーナーさんを予約すると、キャンセル出来ないという強制力が働いて、休めません。やってこなかったことを後悔している英語の勉強でも、同じことをしています」
――「心技体」に加えて、「知」を向上させる必要性を説いています。
「『知』とは知識や知恵だけでなく、データ活用力や情報リテラシーなどを含みます。これから世の中では、加速度的な情報の洪水が起きます。運動力学や栄養学などの情報を正しく乗りこなす能力が、スポーツ選手にも求められます」
「それに、スポーツ選手は全員がプロになれるわけではないし、年齢的な限界もあります。もちろんプロやメジャーリーガーが育てばうれしいですが、決して野球が全てではないと僕自身、思っています。AIが出てきて仕事の形も変わっていくなかで、自分で考えて、自分で問題を解決できる、そういう自立した人間は、どこの世界に行っても結果を出せるのではないでしょうか。物事への取り組み方や、目標設定の仕方を教えることは、野球以上に大事だと思います」
――社会や組織を担えるリーダーの育成も掲げています。
「プロとして15年間プレーしてきて、組織を強くするのは、誰からもリスペクトされる人間的にも成熟したリーダーだと痛感してきました。メジャーでは、尊敬される人は『He’s always the same guy』という言葉でたたえられます。『いい時も悪い時も、いつも一緒だよね』と。感情的にならず、精神的に安定している人こそ一流です。そんなリーダーのいるチームは強いです」
「僕の場合、恩師である花巻東高の佐々木洋監督から、目標設定についても大きな影響を受けました。監督からは入学当初、『ドラフト1位でプロに行くぞ』と声をかけられました。ところが1年生の夏に甲子園に出ると、今度は『メジャーを目指す』と上書きされていきました。『夢や目標は、届きそうになったら高く更新を』と常に言われたことは、今でも僕の考え方の基になっています」
■ ■
――可能性を信じてくれない大人もいそうです。
「夢を殺してしまう『ドリームキラー』は、必ずいます。親とか先生とか身近な人ほど、そうなります。受験でも、子どもが失敗して傷つく姿を見たくないから、高いレベルの学校にチャレンジして落ちるくらいならと受かりやすい学校を勧めてしまうこともあるでしょう」
「それに、言うこととやることが違う人などは、メンバーの能力を発揮させられずに組織を壊してしまいます。アメリカの子どもたちは、指導者と合わなければ『明日やめまーす』が日常です。日本も、合わなければやめやすくすればいいのでは」
「いい環境をつくりましょうというのは、いい人に囲まれましょう、ということ。誰と会うか、誰と話すかで、人生は全く変わりますから。それもまた、野球界に限った話ではありません」
(聞き手・吉田純哉)
20241210_朝日新聞デジタル